「商標」とは、事業者が自身の商品・サービスを他のものと区別するために用いる記号やイメージのことを指します。コンビニのロゴやお菓子の名称など、日々触れる機会の多い商標ですが、その法的な位置づけや種類についてはあまり知られていないかもしれません。
事業者はロゴや名称などのアイデアを商標として登録することで、法にもとづく独占的な使用権(=商標権)を得ることができます。商品・サービスを差別化し、消費者にイメージを普及させるうえで、商標権は強い味方になってくれるでしょう。
この記事では、商標の概要や登録のメリットを解説したうえで、申請時に必要となる商標検索の方法や、登録費用についてもご案内します。
商標は事業活動に関わる「知的財産」の1つであり、とりわけ「商品やサービスの目印」として重要な意味をもちます。印象的なロゴや名称は該当の商品・サービスのイメージと強く結びつき、消費者の購買意欲を喚起することもあるでしょう。
商標制度を管轄する特許庁の定義を見ると、商標は「事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別標識)」として位置づけられています。
(参照:商標制度の概要 | 経済産業省 特許庁)
つまり商標は、事業者が自身の商品・サービスの独自性を確保し、消費者による混同を防ぐことにより、各事業者の利益を守る役割を果たしているのです。
商標にはさまざまな種類があり、商品名や企業のロゴのほか、キャラクターなどの「立体的な形状」やCMなどに用いられる「音」、ロゴを構成する「色彩の組み合わせ」なども商標登録の対象とされています。
こうした商標を独占的に使用する権利(商標権)を得るためには、特許庁への出願および登録が必要です。この際、名称やロゴなどの記号・イメージだけでは登録の対象とならず、「それが指し示す商品やサービス」とセットで登録申請をしなければいけません。
商標法において、「商標権」は事業者の独占的な権利として位置づけられており、第三者による使用に対して排他的な性格をもちます。ここから、無断で自身の商標を使われた場合には、差止請求や損害賠償請求といった民事的な措置が可能です。
さらに商標権の侵害は民事上の責任だけでなく、刑事責任を追及されうる行為でもあります。具体的な刑事罰として、商標法第78条の規定により「10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金」あるいはその両方が科される可能性もあるのです。
(参照:商標法第七十八条)
つまり自身が登録している商標であれば、それに対する権利は法的に強く守られるといえます。反対に、自社のロゴなどを商標登録せずに用いる場合には、「それが既存の商標に類似していないか」など、他社の権利を侵害しないよう十分に注意する必要があるでしょう。
事業活動に関わる知的財産として、商標権のほかにも「特許権」や「意匠権」があります。混同されることも多いこれらの権利ですが、それぞれが保護する権利の性格は大きく異なります。
まず特許権は、「新たに開発された技術」を保護するための権利です。具体的には、製品の構造や製法など、「モノを作るための方法」が権利の対象となります。
一方、意匠権は事業活動における「デザインの独創性」を保護する権利です。工業製品の形状や色彩などに独自性を認め、模倣品・類似品から守ることを趣旨としています。
自動車でいえば、メーカーのロゴや車名が「商標権」の対象であり、エンジンなどの機構・構造面が「特許権」の扱う範囲となります。また車の内外装デザインに関する部分は「意匠権」の対象となるでしょう。
自身の商品・サービスを消費者に知ってもらううえで、キャッチーな名称やロゴは大きな効果を発揮するでしょう。しかし、せっかく馴染みやすい名称などを思いついたとしても、それだけでは「自社だけがそのアイデアを使う権利」は認められません。
商標登録をすることで、自身のアイデアを独占的に使用する権利が発生し、法律上・経済上のメリットを受けることができます。
商標登録をする最大のメリットは、やはり自身のロゴやアイコンが第三者に利用されることを防止できる点にあります。「ロゴや名称を真似されない権利」が保障されることで、商品・サービスのイメージを守りやすくなるでしょう。
もちろん、商標登録をしていないロゴや名称であっても、第三者による模倣行為に対しては「不正競争防止法」を根拠に法的な処分が下される可能性があります。
ただし同法はあくまで「事業者の営業上の利益」を守ることを目的としており、商標法のように「独占的な使用権」を保障するものではありません。また不正競争防止法において禁じられているのは主に「周知・著名な商品」のロゴや名称の模倣であることから、たとえば地域性の強い商品の名称や新しい企業のロゴなど、カバーできる範囲には限界があるといえます。
一方、商標法においてはさまざまな種類の商標が登録の対象となっていますので、多角的な観点からロゴや名称などの独自性を担保できるのです。ここから、商標登録は「記号やイメージ」と「商品・サービス」の結びつきを強固にするうえで欠かせない手続きだといえます。
加えて、自身のアイデアが「すでに存在する第三者の商標権を侵害するリスク」を回避するうえでも商標登録は重要です。商標登録の審査においては「既存の商標に類似していないか」という点も考慮されるため、「知らずに他人のアイデアを模倣してしまう」という状況を避けることができます。
わかりやすい目印によって消費者の記憶に残ることは、マーケティング的な観点からも非常に重要です。
たとえば「ある飲料のロゴを見てそれをよく飲んでいた当時のことを思い出す」というように、記憶が購買意欲を刺激する例も考えられます。また「普段目にしていること」で、親近感や信頼感につながる側面もあるでしょう。
さらに消費者の立場からすると、商標によって商品・サービスの同一性が担保されるため、品質についても安心感を抱きやすいと考えられます。このように「それまで蓄積したイメージ」を一目で喚起できる点が、マーケティング目線から見た商標登録のメリットです。
商標法は長らく商品・サービスの名称やロゴを主な保護対象としていましたが、2014年の改正により、さらに幅広い種類の商標が登録できるようになりました。以下、2014年以前からの商標と、それ以後に追加された新しい商標の種類を解説していきます。
2014年以前から認められている商標は、主に文字やイラストなどの視覚的イメージを対象としており、以下の5種類に区分されます。
商品名やブランド名など、文字だけで構成される商標です。特定の書体とセットで出願することも可能ですが、書体を指定せず文字のみを商標登録することもできます。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5065979号、権利者:ザ コカ・コーラ カンパニー)
商品ロゴなどに用いられるイラストや、そのブランドを表す幾何学模様など、図形的イメージによって構成される商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第3085606号、権利者:ヤマトホールディングス株式会社)
文字の形状を図案化した企業ロゴや、事物の形状を模したアイコンなどがこれに該当します。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第4988716号、権利者:メルセデス・ベンツ グループ アクチェンゲゼルシャフト)
キャラクターのシルエットなど、立体的な形状に対して認められる商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5384525号、権利者:株式会社ヤクルト本社)
イラスト(図形)に文字を組み合わせたり、あるいは異なる2つの文字列を組み合わせたりすることで1つのイメージを形成する商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5315237号、権利者:ソフトバンクグループ株式会社)
2014年の商標法改正以降、「音」や「動き」などの聴覚的・時間的な要素も認められるようになりました。追加されたのは以下の5種類です。
音楽や音声によってその商品・サービスのイメージを喚起する商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5842092号、権利者:ライオン株式会社)
アニメーション技術などにより、時間経過とともに形状を変化させていく商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5805759号、権利者:東宝株式会社)
文字や図形が光の当たり具合によって立体的に変化していく商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第5908593号、権利者:株式会社ジェーシービー)
包装紙やパッケージなど、色の配分や組み合わせによって特定の商品やブランドを想起させる商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第6763236号、権利者:株式会社ファミリーマート)
ゲームのコントローラーなどのように、記号の位置関係が特定商品を想起させる商標です。
(引用:J-PlatPat/登録番号:第6034112号、権利者:日清食品ホールディングス株式会社)
実際に商標を登録する際には、具体的な申請手続きに入る前に、申請しようとする商標が既存のものと類似していないかを「商標検索」によって確認しておくことが望ましいといえます。
以下では商標登録の流れとともに、商標検索のポイントについても解説していきます。
商標登録の際には名称やロゴなどの記号・イメージだけではなく、「そのイメージが指し示す商品・サービス」をセットで申請する必要があります。また申請にあたって、その商品・サービスが含まれる「区分」を45個のカテゴリから1つまたは複数選択しなければいけません。
このあと商標登録が認められたとしても、先に指定した区分を超えて商標を使ってしまうと、区分外のものについては商標権が認められません。あらかじめ「その商標をどの範囲まで使いたいか」を検討しておきましょう。
なお、区分の指定についての注意点は、特許庁の該当ページに詳述されていますので、こちらをご参照ください。
名称やロゴなどのイメージが定まってきたら、早めに「すでに類似の商標がないか」をチェックしておきましょう。
既存の商標を確認する際は、特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」のサイト上から「商標検索」の機能を使うとよいでしょう。ただし、この機能はテキストによる検索を主としているため、図形や色彩、音などについて網羅的に調べることは難しいといえます。
イメージによる検索をしたい場合には、弁理士法人Toreruが運営する商標検索サービス「Toreru」を試してみるのも手段の1つです。
文字やイメージのどちらにも該当しないケースなど、より詳細に既存商標との類似性を確認したい場合には、「独立行政法人 工業所有権情報・研修館(INPIT)」の知財総合支援窓口を利用し、事前に判断を仰ぐことも選択肢になります。
商標イメージとそれに対応する商品・サービスが決まり、既存商標との類似性チェックを終えたら、実際に出願の準備を整えていきます。出願は書類またはインターネット上から行えます。
書類出願の場合には、INPITの専用ページ上から申請用紙をダウンロードし、ガイドを参考に必要事項を記載してください。
その後、申請用紙に手数料分の特許印紙を貼り付けたうえで、郵送または特許庁の窓口に直接提出すれば申請は完了です。
インターネット上から出願する場合には、事前に電子証明書およびICカードリーダライタを用意する必要があります。そのうえで、特許庁の電子出願ソフトサポートサイトから「出願ソフト」をインストールし、識別番号と電子証明書をセットで登録しましょう。
さらに、電子証明書サポートサイトから「さくっと書類作成」を開き、ブラウザ上から必要事項を記入していくと、商標権出願書類が完成します。案内に従い書類の提出および申請手数料の納入を済ませれば、手続きは完了です。
審査の結果、登録が認められれば「登録査定」の通知が届きますので、それから30日以内に登録手数料を支払いましょう。手数料の納入が確認され次第手続きは完了し、後ほど登録証が発行されます。
商標登録が認められない場合、その理由を示す「拒絶理由通知」が届きます。その理由に応じて、商標の対象となる商品・サービスやカテゴリを変更したり、あるいは意見書を添えたりすることで再審査を求めることも可能です。
商標登録にあたっては、出願時と登録時それぞれのタイミングで手数料を納付する必要があります。また商標権の存続期間は10年間であり、更新する場合には期間ごとに更新料が必要です。
それぞれの際に必要な費用は以下のとおりです。なお、商標の対象となる商品・サービスのカテゴリ数(区分数)に応じて手数料が変化します。
■出願時
3,400円+申請する区分数×8,600円
(※書類出願の場合には「電子化手数料」として「2,400円+枚数×800円」が追加で必要)
■登録時
登録が認められた区分数×32,900円
(※一括の場合。分割で「区分数×17,200円」を5年分として支払うことも可能)
■更新時
登録している区分数×43,600円
(※一括の場合。分割で「区分数×22,800円」を5年分として支払うことも可能)
商標は「特定の商品・サービスの目印」となりうるものであり、「他のものと区別できること」が登録にあたっての必須要件となります。
さらに、商標権は排他的な性格をもつため、一事業者に独占的な使用権を認めることで他の事業者の活動が困難になる一般名称(例:PCの機種名として単に「パソコン」など)は認められません。
以下では具体的に、商標登録が認められないケースについて解説します。
商標登録が認められないケースとしては、大きく以下の3つに区分できます。
たとえば自身が発売するスマートフォンの機種名として単に「スマホ」という名称を使うなど、「一般名称」や「慣用的な呼称」を用いることは認められません。
またその商品・サービスの産地や製法、品質など、「他の商品・サービスであっても該当しうる特性」のみを名称として登録することも避ける必要があります。具体的には、東京都で製造されるお菓子に「東京」と名付けるといったケースです。
その他、該当する名称が多いと考えられる「佐藤酒店」といった店名や、「AB」などあまりに短い名称なども、他との区別が困難であることから、基本的に登録できないものとされています。
国旗や勲章などの「公的機関が用いている紋章」、およびこれに類似している紋章は登録できません。また、公序良俗に反するような言葉やイメージを用いることも、公益性の観点から認められないでしょう。
その他、ノンアルコール飲料の名称に「お酒」という単語を含めるなど、実際の商品・サービスの内容と齟齬をきたし、消費者に誤解を与えかねない商標も避ける必要があります。
近似するカテゴリにおいてすでに登録されている商標はもちろん、異なるカテゴリの商標であっても、それに似た名称やイメージを使用できないケースがあります。
たとえば著名な自動車メーカーに似たロゴを、まったく関係のないメーカーがイヤホンに用いるなどすると、あたかもそのイヤホンが自動車メーカーのものであるかのような印象を与えてしまうでしょう。
とくに周知性の高いロゴや名称の場合、「類似商標が認められないカテゴリの範囲」が広がる傾向があります。
商標登録において、「既存の商標と似ているかどうか」という点については、「呼称」「外形」「観念」の3つの基準をもとに判断が下されます。
■呼称
商品・サービスの呼び方であり、ここでは「名前が似ていないか」が判断の対象となります。
■外観
文字の書体やイメージの形状など、視覚的要素に関わる類似性を判断するための基準です。
■観念
言葉やイメージが喚起する印象についての判断基準です。たとえば「おにぎり」と「おむすび」は呼称としては異なりますが、指示する対象は同一であり、観念の面で近似するといえます。
この3つは完全に独立した要素ではなく、これらを総合的に判断しながら既存商標との類似性が審査されます。
たとえば「似た呼称」かつ「似た外観」であれば、やはり登録は認められにくくなるでしょう。一方で、イメージを伴うロゴなどの場合、同じ呼称であってもまったく異なるデザインや表現がなされていれば、認められる可能性も高まると考えられます。
2024年4月に改正商標法が公布され、「コンセント制度」と呼ばれる新たなしくみが採用されました。これは「既存の商標に類似した商標の登録認可」のあり方に関わる制度です。
従来は商標登録の際、類似した商標がすでに登録されている場合には、登録が認められず、後発側は「同商品・サービスあるいは同カテゴリ内における該当商標の登録を断念する」あるいは「先行権利者に対して権利譲渡の交渉をする」といった方法を取らざるをえませんでした。
これに対し、コンセント制度は「先行権利者の同意を得ることにより、類似商標でも登録の対象となりうる」というしくみです。これにより、一度類似商標の存在を理由に登録が認められなかった場合でも、先行権利者の同意を得ることで再度審査を求めることができます。
再審査を請求したあと、審査官が「出所混同のおそれ=消費者がメーカーなどを誤認する可能性」がないと判断すれば、類似商標であっても登録が可能になりました。
自社の手がける商品やサービスの独自性を守り、消費者に正しく選んでもらううえで、商標はきわめて大きな役割を担います。「印象的なロゴ」や「耳馴染みのよい名称」は、消費者による認知を広げ、イメージを定着させるうえで重要なポイントの1つです。
第三者によってロゴや名称が模倣されるリスクを防ぎ、自身の利益や商品イメージを守るうえで、商標登録は欠かせない手続きだといえます。また「知らないうちに既存の商標と似たマークを使ってしまっていた」といった状況を避けるためにも、登録により法的な権利を確定させておくことは有益でしょう。
商標登録そのものは難しい手続きではありませんが、事前に既存商標との類似性をチェックする作業がスムーズにいかないケースも考えられます。商標検索のプラットフォームやINPITの窓口などを活用し、事前に不安を解消しておきたいところです。