東京生まれ、渋谷ラバー。2011年小説『空のつくりかた』刊行。その後アパレル企業のコピーライティングをしたり、webメディアを立ち上げたり。最近の悩みは、趣味が多すぎてなにも極められないこと。でもそんな自分が好きです。
内田英治監督といえば、Netflix制作の『全裸監督』(2019年、2021年)や『ミッドナイトスワン』(2020年)、『サイレントラブ』(2024年)、『マッチング』(同年)と、ひとつのジャンルに偏らない作品づくりでヒット作を連発しつづける映画監督。
上に挙げた作品はいずれも脚本も手がけており、さらに『ミッドナイトスワン』『サイレントラブ』『マッチング』にいたっては原作小説も執筆しており、尽きぬことのない発想力でオリジナルストーリーの可能性を広げています。
またハイスピードで新作映画を発表しつづけていることも特徴。2024年に『サイレントラブ』『マッチング』を立て続けに公開し、前者は公開初日から3日間で15万5,000人の動員数を記録、後者は興収9億円を超え、両作とも大ヒットとなったばかりですが、2025年もその快進撃はとどまることを知りません。
きたる2月7日には『誰よりもつよく抱きしめて』を公開予定。今作は俳優、そしてBE:FIRSTのメンバーRYOKIとしても活躍する三山凌輝さんと、乃木坂46の久保史緒里さんをW主演に迎えたラブストーリー。新堂冬樹さんの同名小説を下敷きに、時代背景や登場人物の年齢などに変更をくわえて新たな物語が展開されます。
ご自身によるオリジナルストーリーを映像化することの多い内田監督が原作のある物語を手がけ、しかもそれが20年前に発表された小説ということで、社会情勢の変わった今、どのように描かれるのか注目です。
IP magでは公開直前に内田監督へインタビュー。インスピレーションを得た意外なハリウッド映画、そしてご自身もお話ししていくなかで思い出したという、今作に大きな影響を与えた実体験など、作品だけでなく内田監督の深部にも迫ることができました。
『誰よりもつよく抱きしめて』は空や日の光が綺麗に映し出された映像も印象的でした。
映像は山田弘樹さんという、当時まだ20代のカメラマンが撮影したんですよ。今作が映画撮影のデビュー作で、期待度No.1の若手撮影監督。この次の仕事も決まっていて、売れ線一直線ですね。
ポスターにもその映像美に通ずる柔らかい印象を感じます。主演のおふたりの魅力も引き出されていますね。内田監督は以前から三山凌輝さんと「一緒に作品を」とお話しされていたそうで、また久保史緒里さんとは今回で3回目のタッグですが、このおふたりを主演にお迎えした経緯についてお伺いできますか?
この作品を作るうえで、「若手と仕事をする」というのを前提にしていたんです。だから撮影も若手に任せたんですけど、そのうえで、久保さんには2作出演していただいていて、次は主役でガッツリ一緒にやってみたいなと思っていました。
三山くんとはふとしたことで知り合って、雰囲気がおもしろいなと気になっていたんです。めちゃめちゃ元気なんですけど、同時に繊細な部分があって……。一緒に仕事をして「僕が発掘した!」って言いたかったんですけど、先にNHKの『虎に翼』に出演して話題になっちゃいましたね(笑)。
あとはおふたりとも「音楽の仕事をしている」という共通点がありますけど、僕がめっちゃ音楽好きなんですよ。なので結構ほかの作品にも音楽をやっている人に出ていただいています。
もちろん「THE役者」という役者一本でやっていらっしゃる方も魅力的なんですが、そうじゃない人はそうじゃない人で未知の領域があるような気がして、そこを見てみたいという意図もあって今作の企画がスタートしました。
キーパーソンとなるジェホンという役を演じられたファン・チャンソンさんも2PMのメンバーですもんね。
そうですね。アイドルや音楽グループに所属している人は普段歌の仕事で忙しいから、演技をするときも短い時間で集中して力を入れるという方が多いと思います。すごく感度の高い状態で臨んでくれるといいますか。『ミッドナイトスワン』でご一緒した草彅剛さんもそうでした。
あと前作『マッチング』に出演してもらった土屋太鳳さんとSnow Manの佐久間大介さんもそうですけど、やっぱり俳優一本でやっている方とそうではない方が融合するとおもしろいですよね。新しいパッションが生まれると思います。
過去に「演出側と演者側のフィーリングが合うことが大事」と発言されていましたが、今回もやはりマッチされたのでしょうか?
フィーリングが合うというか、「合わせていく」という感じですかね。やっぱり映画って演技で変わってくるので、彼らがいい演技をするためになにができるのかめちゃめちゃ考えて、やりづらそうな部分があったら合わせるようにしています。
そのために話し合いはマストだと思っていて、とくに三山くんとは今回の役について撮影前にいっぱい話して、撮影が始まったらそのなかでできたコンセプトをもとに彼が自由に芝居をしてくれました。そのあとも「ちょっと違うな」と感じたらまた話し合って……というスタイルです。
久保さんは自分がやりたい演技をご自身でじっと考えて、現場で出してくるというタイプなんですけど、三山くんはたくさん意見を出して話し合って演じるというタイプなので、それぞれがやりやすいように環境を整えました。
主役の月菜を演じられた久保史緒里さんと、その恋人の良城(演:三山凌輝さん)に接近していく千春を演じられた穂志もえかさんはそれぞれ、ご自身の役柄を「嫌なやつ」と思いながら撮影に挑んでいたそうですが、内田監督は以前「人間の極端にピュアな部分と極端に汚い部分を描くのが好き」と発言されています。
やはり今回も「人間らしさ」に焦点を当て、あえて嫌な部分も表現したのでしょうか?
そうですね、脚本制作の段階から「この役は性格が悪いんじゃないか」という話は出ていたんですけど、人間なんてみんな性格が悪い生き物なので(笑)。
恋愛というのは、そういう嫌だなと思う部分をお互いに見つめ合いながら進んでいくと思うんです。なので意図して表現していますね。全員性格が悪いというか……生々しいですよね。
だからなのか、スタッフがそれぞれ登場人物に感情移入していくのが見られておもしろかったです。主役ふたりと三角関係になるジェホン(演:ファン・チャンソンさん)が出てくるとすぐに「良城はうじうじしているし、自分が月菜だったらすぐジェホンを選ぶ」と肩入れしたり……。
内田監督は良城とジェホンどちらに共感しますか?
うーん、共感ではないですけど、ジェホンのほうが辛いだろうなとは思いますね。パーフェクトであるがゆえに、常に紳士的でいなきゃいけないので。良城のほうが葛藤は多いものの、実は好き勝手にできるんじゃないかなという気がします。
マーティン・スコセッシ監督の『カジノ』(1995年)という映画が好きなんですけど、カジノ王で完璧なタイプのエース(演:ロバート・デ・ニーロ)とその幼馴染で血の気の多いニッキー(演:ジョー・ペシ)、高級娼婦のジンジャー(演:シャロン・ストーン)の三角関係的要素に影響された部分も結構あるかもしれません。
あの映画に関してはジンジャーはニッキーを選んで自分も不幸せになっていくんですけど、それを考えると、恋愛においてはなにが幸せかわからないですよね。良城たちの最終的な結末も、せめてあと20〜30年くらい経たないとわかりません(笑)。
もしかしたら20年後の良城、月菜、ジェホンそれぞれを描いた続編を制作する可能性もあるということで、期待してもいいですか(笑)?
この映画がヒットしたらもしかしたら……ということもあるかもしれませんね。20年も経てば考えもそれぞれ変わっていると思うので、また違う展開になりそうです。
穂志もえかさんも『SHOGUN 将軍』の藤役が海外でもすごく話題ですよね。『誰よりもつよく抱きしめて』の撮影はちょうどカナダから帰ったあとに行われたんですが、なんだかどんどん評価が高まっていくのを見ていてうれしいです。
SNSでも海外のユーザーが「Fuji sama」と盛り上がっているのをよく見ます。『誰よりもつよく抱きしめて』の穂志さんもすごくよかったですよね。演じられた千春には本当に「自分の恋人に近づいてほしくないな」って思いました(笑)。
思いました(笑)?スタッフにも男女問わずそう思っている人が結構いましたね。
きっといい子なんだろうな、違う状況で会ったら仲良くなれるかもしれないな、と感じさせる役なので、だからこそ自分の恋人とは親しくしてほしくないという、こちらの嫌な気持ちを引き出す天才だと思いました(笑)。穂志さんの演技がすごかったです。
そうなんですよね、千春はべつに計算高いわけではない。でもそう見えてしまう、そういう人間なんですよね。
でも千春という存在がいたことで、月菜の気持ちが初めて表出するんですよね。それまであまり感情を出さないタイプだったので、あのシーンには少し驚いたんですが、同時に彼女の新たな側面を見たことでより深くその人間性に触れた気がしました。
月菜はおとなしいわけではないんですよね。秘めているだけで、芯はかなり強くてしっかりしています。
日本人は傾向としてやっぱり感情を押し殺して生きている人が多いと感じるので、だからこそあのシーンで月菜の感情をぶつけようと思いました。
ちなみに原作ではジェホンは日本人ですよね。韓国人に変更したのは、そういった感情の表し方が日本人とは異なるから、という理由もあるのでしょうか?
それもありますね。原作でもジェホンにあたる榎克麻というキャラクターは、感情をストレートに表現するタイプじゃないですか。なので外国人にしようかなと。時代が変わったというのもあって、原作とはかなりストーリーも違った印象になっていると思います。
内田監督はオリジナルストーリーを展開されることが多いので、原作のある物語を映像化するのは珍しいですよね。
よくそう言われるんですけど、自分ではあまり意識していないんですよね。どんどん原作ものも手がけていきたいと思っています。今作に関しては読んだときに「すごく映画的でおもしろいな」と思ったので企画しました。
ただ同時に「悔しいな」という思いもありますね。おもしろい物語に触れるといつもそうなんですけど、「これをなぜ自分が書けなかったのか!」と思います。
「悔しいけどおもしろいから映画化するか……」という感じです。とくにこういう恋愛ものって自分では書けないので、人の頭をお借りするという感覚ですね(笑)。
たしかに以前「恋愛ものは普遍だから心理描写が難しい」とおっしゃっていたのを拝見したことがあります。今回も心理描写は苦労されたのでしょうか?
恋愛の心理って人によって全然違うじゃないですか。スタッフからも「良城はこうだろう」「月菜はこうだろう」といろんな意見が飛び交って、判断が難しくなりやっぱり苦労しましたね。
原作は2004年に連載が始まり2005年に単行本が刊行された、およそ20年前の作品ですが、時を経て映像化するにいたった経緯についてもお伺いできますか?
僕がこの作品を知ったのはコロナ前だったんですけど、コロナ禍を経て本格的に企画しはじめました。
コロナのパンデミックによって、すべての人が家族や恋人、友だちと会えない、近くにいても触れられない、という経験をしたことで「やっぱりこの作品を映画化したい」という気持ちが沸々と沸き上がってきたんです。
そのうえで、繰り返しになりますが「若手と仕事をしたい」という気持ちもあって、だから原作の設定より登場人物の年齢も下げています。高校生カップルにしようかとも思ったんですけど、それは回想で見せることにして実年齢はもう少し大人というところで落ち着きました。
年齢だけでなく、原作では良城と月菜は夫婦なので関係性も異なりますよね。ほかにもいくつか変更されている点がありますが、とくに原作よりも月菜の成長譚としての要素が大きいのが印象的です。時代に合っていて、原作発表から20年後に映像化にいたった意義のようなものを感じました。
ありがとうございます。実は僕自身はそこまで意識はしていなかったんですけど、月菜が自分の意思、やりたいことというのに目を向けるというのが成長記録になっているといわれると、たしかにそうかもしれないと感じます。あと男女の役割がひと昔前の感覚とは逆になっていますよね。
個人の感想になってしまうんですが、良城と月菜は共依存に近い関係にあるのかなという気もしました。良城に強迫性障害の治療をしてほしいと思いながら、抱えつづけることでふたりのほかにだれも入れない強固な絆を保ちつづけられるといいますか……。
たしかにそれはあるかもしれないですね。子どもが自立して出ていくのを嫌がるみたいな感じで、月菜はふたりだけの夢の楽園を守っていかないといけないと考えていて、だからそこから良城が出ることも自分が出ることも許さないっていう呪縛を作っているところはあります。そういうカップルって結構いますよね。
思い当たる方はふたりの関係に自身や身近な方と重ねて、その気持ちと向き合う機会になるかもしれません。
そうだとうれしいです。たしかに実際に体験したことのある方には刺さるかもしれないですね。僕の知人も試写会で鑑賞して興奮して連絡してくれたんですけど、人それぞれ意見があると思うのでいろんな感想を聞きたいですね。
良城は強迫性障害を抱えていますが、今やそういう方は特殊ではなくてすごく多いですよね。とても閉鎖的な時代というのもあって、恋愛をするうえでハンデになるような病や気持ちを抱えている人が多い気がします。
自律神経失調症に関する取材をしていたときに気づいたんですが、やっぱり心療内科などに通っている人がすごく多いんですよ。コロナの影響もあるんでしょうけど。
心の病気にかかるのは生涯を通じて4人に1人だともいわれている(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所による)ので、当事者を描く作品は多くの方の救いになりそうですよね。
僕自身も一時期忙しさから強い目眩に襲われて「もしかしてこれが例のやつか?」と病院に行ったことがありました。結果は自律神経失調症でした。
いま思い出しましたけど、それで映画にしてみようって思った部分もありました。「自律神経失調症ってよくわかっていなかったけど、なってみたら結構辛いな」と知って……。
そうだったんですね。たしかにハイスピードでヒット作を連発されているので、内田監督の忙しさはファンならずとも多くの方が知っているところだと思います。目眩がするようになったのはいつごろですか?
コロナ明けくらいですね。いろんな漢方を飲んだんですけど、結局自律神経にまつわる病気なんて、原因も治療法も完全にはわからないですよね。
映画のなかで良城が病気のことを「気持ちの問題だろう」と責められるシーンがありますが、それはまさしく僕が以前思っていたことだったんです。でもいざ自分がなってみたら「いや、これは気合いじゃどうにもならないぞ」と。
それで「この経験を良城の強迫性障害に置き換えて描いてみよう」と思ったので、責めているのはコロナ前の僕、責められているのはコロナ後の僕で、両方僕なんです(笑)。
頭位めまい症っていうらしいんですけど、当時は集中するとすぐにぐるぐるって目眩がしたので、こういった取材も困難でした。病院に行っても原因不明って言われてしまって、光が苦手なのでサングラスをかけて受け答えしたりしていましたね。
電車にも乗れないし、そういうのが続くと、もう不安が不安を呼ぶという状態になっちゃうんですよ。たとえば取材途中で目眩が始まって、「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」って不安になると余計悪化しちゃったり。
「神経の自動ドアが壊れている状態」って言われました。通常なら光を見てもなんともないはずなのに、神経がショートしているから興奮状態になったり、目眩を起こしたり、人に触れられなくなったり……症状は人によって違いますが、まさしくドアが正常に動いていない状態です。
コロナ明けというと、内田監督はとくに忙しそうにされていた印象があります。自ら手を止めない限りエンドレスで忙しさが続く状況だと思うので、そんな大変ななか制作を続けていらっしゃったとは、言葉に詰まります……。
我慢が一番いけないんですよね。これはみなさんに言いたいんですけど、もしそういう日が来たら、我慢せずに休んでください。僕もそうだったんですけど、我慢すればするほど長引いてしまうので。
良城も最初は治療を拒みますよね。あれは多くの方が症状を自覚した最初期に示す反応じゃないかなと感じました。
そうですね、あれはまさしく僕の考えでもあります。というか僕ですね(笑)。スタッフに「病院に行ってください」って言われても「いや、俺は病気じゃないよ!」って言って行きませんでした。
原因がわからない分、余計に病気だという認識が遅れそうです。作品に実体験もふくまれていたとは驚きました。
僕自身、この取材まで忘れていました(笑)。でも実体験が入っているので、良城の病気との向き合い方や周りの捉え方などは結構リアルなんじゃないかなと思います。
なってみてわかったのは、本当に気合いじゃどうしようもないし、「ぐうたら病」でもないってことなんですよね。
そうですね、この作品をこれから見てくださる方には似た経験をお持ちの方もいるかもしれないですけど、もしそうなら「人に言ったほうが楽だよ」というのは伝えたいですね。
良城も抱え込んでいたせいでいろいろと遠回りをしたり、責められてしまったりするんですけど、もっと周りの人たちに話していればよかったと思うんです。
でも僕もそうだったんですけど、やっぱり具合が悪いことは言いたくないものですよね。それでも、自分が大切だと思っている人に気持ちを伝える、それが大事だと思います。
とくに日本には我慢の文化が根づいているので、この作品を見てなにか感じていただければうれしいですね。
調子が悪くなると「自己管理がなっていない」と見なされることもあるので、なおさら言いにくいという気持ちも強くなりそうです。
日本は心の病気について言いづらい環境ですよね。欧米だともっとみんな気軽にカウンセリングに行っているし、日本と比べると平気で自分のメンタルについて伝えている印象を受けます。
それでいいんじゃないかと思います。昔は重労働、長時間労働によって体のほうがボロボロになることが多かったかもしれませんけど、今後は情勢的にも世の中のシステム的にも、心の病気が増えるものだと思うので……。
今作はとくに若手の方々と組んで作りましたが、若い人たちはそういう時代をこれから戦っていかなくちゃいけないので、とくに「伝える」文化を根づかせていってほしいですね。
東京生まれ、渋谷ラバー。2011年小説『空のつくりかた』刊行。その後アパレル企業のコピーライティングをしたり、webメディアを立ち上げたり。最近の悩みは、趣味が多すぎてなにも極められないこと。でもそんな自分が好きです。