東京生まれ、渋谷ラバー。2011年小説『空のつくりかた』刊行。その後アパレル企業のコピーライティングをしたり、webメディアを立ち上げたり。最近の悩みは、趣味が多すぎてなにも極められないこと。でもそんな自分が好きです。
日本初の野外映画祭(アウトドアシネマ)として2014年から開催されている「夜空と交差する森の映画祭」。
10周年を経て今年2024年には、それまで代表を務めていたサトウダイスケさんから、代表補佐として活動をともにしてきたちばひなこさんがバトンを受け継ぎ、名前も「かつての水面と森の映画祭 2024」と一新されました。
今回のちばひなこさんへのインタビューでは、これまで「森の映画祭プロジェクト」が大事にしてきたこと、そしてこれから目指すもの、毎年柔軟にメンバー構成を変えて続いていくチームのそれぞれの色などを中心に、“フェスを作ること”の意義をお聞きしています。
そして当プロジェクト以外にも、合同会社あのてこのてという会社を立ち上げ、外部の企業の広報業務などマルチに活動するちばさんの今見える視界を少し共有していただきました。
ちばひなこ
日本初の野外映画フェス「夜空と交差する森の映画祭」の主催、森の映画祭プロジェクトと合同会社あのてこのての代表。自身もショートムービー制作の経験があり、映像愛にあふれる一方で、さまざまな企業、媒体の広報や記事執筆など活動は多岐にわたる。
森の映画祭プロジェクトについてくわしくお聞かせいただけますか?
「映画」というものを真ん中に据えて、いろんなイベントを行っています。本当はイベントじゃなくても冊子や仕掛けを作るなどなんでもできたら、と思いつつもイベント実施が多いです。
まず2014年から年に一度開催している野外映画フェス「森の映画祭」。2022年はコロナ禍にてお休みさせていただきましたが、今年で11周年になりました。音楽フェスと同じように複数のステージで映画を上映しつつ、キッチンカーやワークショップ、テントエリアもあるイベントです。上映数は年によって違いますが、短編映画から長編映画まで幅広く30〜50本ほど。
ほかにも「夜空と交差する森の上映会」や「夜空と交差する空の上映会」といった短編映画+長編映画1本の短い「上映会シリーズ」も行っています。あとは映画を上映しながら、その作品の進行に合わせたコースディナーをみんなでいただく「幻燈の料理店」というイベント。
たとえば『ビッグ・フィッシュ』(2003年、アメリカ)をテーマにしたときは、あの印象的な黄色い水仙が画面一面に広がる瞬間に合わせて黄色いスープを届けたり、『アメリ』(2001年、フランス)のときは、象徴的なクレームブリュレの表面を割るシーンに合わせて実際にみんなで割ったり。
ほかにもポーラ美術館の裏にある森の中でキャンプをしながら映画を見るイベント「FOREST MUSEUM 2018」も開催しましたね。
「夜空と交差する森の映画祭」も年々人数が増えている印象です。
でも基本的には毎年イベント会場となる場所を変えていて、そこの広さやステージ数に合わせているので、人数が増えているわけではないんです。実は一番参加者が多かったのは2016年の約3,000名のときでしょうか。
去年の森の映画祭2023では、2016年と同じ会場に設定しつつも、コロナ禍の余韻も想定し、半分以下の来場者数で実施しました。それでもメインステージでは入場規制を行うといった対策をとらせていただき、申し訳なかったです。
鑑賞時にほかの方と並んで座る間隔がコロナ前と変わり、スペースをゆったり確保される方が多かったんです。キャンプブームもあって以前よりキャンプグッズが充実していて、大きなマットなどで寝転んで鑑賞する方も増えた印象があり、鑑賞スタイルの変化に運営側がついていけていなかったのが原因だと考えています。
「前と同じ鑑賞スタイル」を前提に人数を想定してしまっていたので、これからは一人あたりのスペースをもう少し広く見積りつつ、ほかにも対策を行えればと考えています。
具体的には、今年の森の映画祭2024(かつての水面と森の映画祭 2024)はもっと大きい会場をお借りしています!全体の広さもメインステージも4倍くらいなので、みなさまに安心して鑑賞していただけるのではないかと!
実は去年参加してまさしく入場規制で入れなかったので、今年の会場が決まった際の「全員入れます」という告知文に痺れました(笑)。
せっかく来ていただいて、「見たいのに見られない作品がある」というのは残念だなと考えていました。音楽フェスの場合は音漏れで少し楽しめるということもありますが、映画だと映像が必要不可欠だと思うので。
いちユーザーとしてありがたいです。ところでちばさんは今年から代表を務められていますが、プロジェクトにはいつから携わっているんですか?
2年目の2015年からです。といっても、2015年は大学の授業の一環だったので、より積極的に携わるようになったのは2016年から、代表補佐になったのはその翌年の2017年からですね。
やはりもともと映画が好きだったんですか?
興味はありましたね。当時大学1年生だったんですが、ミニシアターでバイトもしていましたし、ゼミで自主映画も監督しました。映像制作そのものを目的にするのではなく、そのプロセスを学ぶゼミだったんです。
青山学院大学の総合文化政策学部っていう学部で、私はそこの7期生でした。芸大や美大、専門学校などで文化的なものを作るクリエイターとして学ぶ人たちがいるのであれば、クリエイション自体が文化として根づいていくのに必要なさまざまなプロセスを進行する方法や考え方を学ぶところだったなと感じます。
社会のなかでの文化を考えると、建て付けや企画、お金、プロジェクトのマネジメントや進行、できたプロジェクトを広めていく作業……など、たくさんの必要な役割があるよね、という発想なんじゃないかなと思います。
そこで映画のプロデューサーを育てるというゼミに入っていたので、卒論を書かずに卒業制作として映画を撮って卒業しました。ほかの4年制の文系学部生に話すと驚かれます(笑)。
青学の幅広さに驚きました(笑)。ちなみに「夜空と交差する森の映画祭」は今年から名前を大きく変更されました(2024年は「かつての水面と森の映画祭 2024」で、今後も場所やコンセプトに応じて変更予定)が、やはり心機一転といったところでしょうか?
そのままでもいいかなと思っていたんですが、毎年場所もコンセプトも変えて実施しているので、それに合わせてイベント名も変えていくのが自分たちらしいかな、と思い変えてみました。
代表になって初の会場に「プールだった場所」を選ばれたのはなぜでしょうか?
毎年場所を変えていくうえで、ただ違うキャンプ場にするのではなく、行ったときの景色も感覚も変化を感じられる場所にしようというのは、イベント立ち上げ当初から変わらない場所選びの基準のひとつです。
そのなかでスキー場やいろんな場所を見に行きましたが、今回の毛呂山総合公園は圧倒的に今まで見たことがない場所で、町営プールの懐かしさと広場や公園の豊かな緑が絶妙だったので、ぜひこちらで開催できないかと会場の方に相談させていただきました。
町営プールって大人になってからなかなか行く機会がないじゃないですか。そういうエモーショナルな感じも森の映画祭と合いそうだなと。
企画から実際に開催されるまでのざっくりとした流れを教えていただけますか?
ざっくりお伝えすると、前年の開催が9月か10月くらいに終わると、そこから1か月くらいは領収書の整理とか、ご協力くださった方一人ひとりにお礼を言うなどの“後片付け”をしています。
そこから私をふくめて通年で活動している4人で次の会場探しを始めるんですが、このとき「この場所だったらこういう感じかな」とコンセプトも一緒に決めていきます。
今年の場合はチケット情報を3月に解禁させたので、3月までに必要な情報をそろえて、プロジェクトメンバーの募集を始めて、説明会をし、対象の方々とそれぞれ30分ずつオンラインで面接をして選考しました。
半年間をかけて行うプロジェクトなので、メンバー同士で信頼関係がないとうまくいかないんですよね。なのでここは毎年丁寧に行っています。
その後、1人ずつに「このポジションでどうですか?」「一緒にやりませんか?」とご連絡して、「いいですよ」と回答をいただけたら、ようやく4月に全員対面で話す定例会が開かれますね。
そこからは月1で定例会を開催しますが、ないときも4〜6くらいのチームに分かれて、企画から運営まで、それぞれ担当者同士で話し合って企画内容、運営手段を決めていきます。「どんなスクリーンにしよう」「どこからお客さまを案内しよう」「だれが駐車場に案内しよう」「駅からはどう来てもらうといいかな」「警察に相談した?」など細かいことを挙げるときりがないですね。
華やかなことから地味なことまで、毎回新しく決めています。もちろん中には以前参加してくださったスタッフもいるんですが、やっぱり毎年会場が変わるので、以前の経験がそのまま流用できることはそこまで多くないんですよね。もちろん知恵として経験が活きることはあるんですが。
4月〜6月は企画をして、一旦予算も忘れて「やりたいことを考えよう」という感じで進めます。それで6月から具体的に「それを予算内で行うにはどうしたらいいか」を詰めていって、7,8月に実際に声をかけたりモノを作ったりして、9月にかけて細かいオペレーションを決めていきます。
もはやライフワークですね。
本当にそうだと思います。というのも、この映画祭はお金もトントンになるようにしているんです。代表の私をふくめ、全員完全なボランティア活動として運営しています。
本部の方もボランティアだったんですね……!初年度はまだちばさんは参加されていなかったと思いますが、そもそもこのプロジェクトは、どういった経緯で開始されたのでしょう?
もともとは前代表のサトウダイスケさんを中心に始めたプロジェクトでした。そのときは「夜空にスクリーンが張られていて、映画が終わったら星が見える」というのをイメージして「空を見上げて映画を見たいよね」というアイデアをベースに企画を立てたと聞いています。
また自主映画の上映会やコンペとしての映画祭とは違う、作品のお披露目の場を作りたいという思いもあり、その2軸で始まりました。
もともとは300人程度の来場を想定していたんですが、すごくバズってしまい、1,000人くらいのお客さまが集まったそうです。準備不足だった点もあり、「来年リベンジしたい」ということで翌年開催されたのが私が参加した2015年でした。
不躾ながら収入という還元はないわけですが、それでもこんなにも突き動かされるものはなんだと思いますか?
たぶん、楽しくて続いている部分と悔しくて続いている部分の2つがあると思います。正確にいえば、「今年はこのテーマでこんなイベントをしたい」という私自身にとっての作品づくりのような思いもあるので3つといえば3つなんですが、最初の2つが大きいです。
1つめの「楽しさ」については、映画が好きというのもありますが、映画フェスをみんなで作るというのがシンプルに楽しいんですよ。
音楽フェスも好きですけど、音楽は好きなアーティストのライブに行くのと、家で聞くのと、フェスに行くのと3択あるのに対して、映画って基本的に映画館で見るか家で見るかの2択じゃないですか。そのなかで「フェス」というフランクで偶然性の高い映画との出合いを生み出せるという企画の楽しさがあります。
「森の映画祭」は日本初の野外映画祭プロジェクトですが、ほかにもフェスっぽさのある野外映画イベントが増えてきているように感じます。
たとえば「SEASIDE CINEMA」(ゴールデンウィークに横浜・みなとみらいで開催される野外映画祭)は場所柄、“都市型”といえると思うんですが、音楽フェスもアクセスしやすい都市で行われるものと非日常的な場所でキャンプも兼ねて行われるものとそれぞれあるように、映画フェスもいろんなカラーのものがもっとあってほしいと思うので、森の映画祭がその一端を担えるのはうれしいですね。
また有志プロジェクトとして全員が参加しているからこそ、みんなの「やってみたい」という気持ちで動けている楽しさもあります。
2つめの「悔しさ」については、完璧にやりきれたなということってあんまりないんですよね。必ずたくさんの悔しいことがある。どんな仕事でもそうだと思うんですが、なにかをできるようになると、もっとしたいことが増えるという感じですね。
企画面でも運営面でも、それから毎年入れ替わるボランティアチームのメンバーに対して「もっとこういうことをサポートしてあげられたら、きっともっとのびのび活動できただろうな」と思うこともあります。それを全部バネにして翌年がんばるという感じです。
逆に悔しいことがなにもなくて、やりきった!と感じることができたら、翌年はもう開催しないだろうな、とも思ったりしています。
でもそういった想い自体は強いものの、おっしゃるとおり有志の活動で、協賛ベースのイベントでもないので、チケットが売り切れないと赤字になる構造にあります。なのでギリギリの状態ではあります(笑)。
チケット完売を前提に予定を立てているので、「来年行きたいなぁ」というお声もよくいただくんですが、来年やるか、やれるかは毎年わからないので、気になっていただけているならぜひ今年来てほしいというのが本音だったりします。
重ねてシビアなことを申し上げてしまいますが、みなさんお仕事をする必要もありますし、そうなると体力的にも負担が大きいので、持続することが難しいプロジェクトですよね。
まさしくそのとおりですね。現状はチケットも売れている、ということはお客さまも楽しんでくれているということなので続けたいなという気持ちでいるのですが、チケットが売れないということは、お客さまも楽しみに思えていないということだと受け止めています。
また運営者である私たち自身の気持ちの面も開催にかなり影響しています。さきほど「悔しさ」の話をしましたが、前代表のサトウさんは「やりたいことはやりきったな」と言って活動を離れました。そのタイミングで森の映画祭自体をたたむという話にもなったんですが、私としてはまだまだ楽しいことも悔しいこともあるし、この世に森の映画祭が存在してくれたほうがうれしいので、代表を継ぐことにしました。
ちなみにサトウさんは今年はお客さまとして遊びに来てくれます。スタッフを離れても遊びに来れるのはイベントのいいところだなと思っています。
先ほど野外映画祭が増えているとおっしゃっていましたが、いわゆる企業だったら「競合」のサービスにあたると思います。それについてはどう思われますか?
外で映画を見る機会が増えるのはシンプルにうれしいです。お客さまも野外映画祭というものに慣れてきているのは、競合が増えているからこその変化だなと思います。
2010年代はハレとケでいうところのハレの日というか、特別なものとして捉えられていたのが、今はそこまで大きなハレではなくなってきたと感じます。もちろん特別な体験ではあるんですが、少しだけ身近になっているような。お客さまのシートの広げ方やフェスのなかでの過ごし方を見ていても、“慣れ”を感じますね。
たしかに映画ファンとしても野外イベントは増えたと感じます。でも森の映画祭の醍醐味はやっぱり「非日常的な空間」で「オールナイト」で映画を見ることかなと思うので、やっぱりちょっと違うという認識でいます。オールナイトというのは今後も続く要素なのでしょうか?
オールナイトということ自体に強いこだわりがあるわけではないんですけど、やりたいことを考えるとその形態が合っているなと感じます。というのも、森の映画祭は“映画がちょっと好きになる”場所を目指しているので、時間の余白が必要なんです。
私は、映画のいいところのひとつに、感想を話そうとしているうちに、自分の思い出や自分自身のことをだれかと共有するきっかけになっていることがあると思っています。そういう映画から始まる人と人との関係性は、映画鑑賞の前後に余白の時間があるからこそ生まれると思うので、見終わったらすぐ帰る、すぐ現実に戻るのではなく、“なにもない時間”を体験してほしいなと考えています。
そもそも野外上映は暗くなってからしかプロジェクターで投影できないので、日没後すぐに上映を開始したとしても22時終了では、“なにもない時間”の余白を作りづらいので、今のところはオールナイトで続けていますね。
また現実的な面でいうと、スクリーン設営代は上映本数が少なければ安くなるというわけではなく固定なので、都市型の映画イベントのように1か月連続など開催日を増やさないと、上映作品がたとえ減ってもフェス形態である以上、チケット代は大きく変えることができず、「1,2本しか見られないのに1万円」ということになったら高く感じる方も多いだろうなという部分もあります。
たまに「2daysにしないんですか?」というご意見もいただきますが、商業イベントだったらそのほうがいいだろうなと思いつつ、うちの場合は全員ボランティアスタッフでほかに仕事や学業があるなか取り組んでもらっているので、なかなか2日間も気持ちの面を維持するのが難しいのではないかなと思ったりしています。打ち上げ花火を上げるように運営しているスタッフ体制の問題ですね。
とはいえ現状のかたちも「これで決定!」と思っているわけではなく、毎年終了後に「来年はどうする?」「どんなかたちでやりたい?」と話し合っています。これは10年間変わらずに続けていますね。
朝まで続けて映画を見るなんて、「だれかの家に集まって飲みながら」といったシチュエーションくらいしかほかに思いつかないので、個人的には今後も続けてほしいです。
あとは池袋の新文芸さんなどで行われるオールナイトイベントとか、たまに朝まで上映している映画館があるくらいですよね。フェスとライブの違いっていろいろありますけど、疲労感もそのひとつかなと思っていて、オールナイトだと圧倒的にそのフェス感を体験することができるかなと。
たしかに去年は森の映画祭から帰ったあと、友だちと半日くらい爆睡しました(笑)。
公募しているショートフィルムの上限も、今年は30分から90分に引き上げられましたね。
先ほどお話しした私の卒制のショートムービーも実は2018年の森の映画祭で流しているんです。ただ、もともと36分あったのを条件が30分までだったので、カット場面を増やして調整したんです。私は映画祭で流したいという目的が叶ったので後悔しているわけではないんですが、多くの制作者はそれだけを目的にしているわけではないので、そんな調整をする必要はないなと思います。
とくに自主映画の場合、規定もない場合が多いので、30分以内というのを強くは意識していない作品もあるのではないかと思ったのと、PFFアワード(ぴあフィルムフェスティバルアワード)などでも作品時間に規定のないところが多いという点から、チャレンジとして上限を引き上げてみました。
鑑賞分数が一気に増えるので作品選定はちょっと負担が増えるんですが、今までとは違う作品との出合いも期待しています。と同時に、今まで同様に30分以内の短編映画にももちろん期待しています。短編作品には短編作品のおもしろさがあり、それこそ映画を好きになるきっかけとして考えると、120分を一気に見るよりも気軽に触れやすいという側面があると思っているからです。
森の映画祭のスタッフも実はみんながみんな映画が超好きというわけではないんです。普段あまり映画は見ないけれどキャンプが好きで参加しているという方や空間演出をやってみたい、イベントをやってみたいという方、それぞれ違う目的で集まっているので、勝手にお客さまもそれぞれの魅力を感じて来てくださっているんではないかと思っています。
意外です!スタッフの方々はみんな映画好きなんだと思っていました。
さすがに映画嫌いはいないですが、「人生で見た映画は5本だけ」という方もいますよ。なのでお客さまも、年間1,000本映画を見ます!というような超映画好きな方だけじゃなくて、友だちとこういう空間に行きたいという目的で参加される方もいると思うので、いろいろとバランスを見ながら企画しています。
先ほど、前代表のサトウさんは自主映画を広めていくことを目的に森の映画祭を始めたとお伝えしましたが、私自身はさらに「フェスとして楽しんでほしい」という思いが強いです。普段見ない作品と映画祭で出合い、映画にどんどんはまっていったり、その制作者のことをもっと知りたくなったり、普段TikTokで見ているショート動画とはまた違うなって思ってくれたらうれしいです。
サトウさんとちばさんと、それぞれ同じ思いも違う思いもあって、改めていろんな人が作っているイベントなんだと感じました。
そうですね、いろんな人と作り上げています。去年まで上映作品チームのリーダーを務めていたスタッフは、作品を応募してくださった方には当落問わず「ここがよかった」というメッセージを添えて連絡することを提案してくれました。
自分はモノを作らないから、作品に対しても、送ってくれたことに対しても敬意を示したい、お礼を言いたいと。もちろんそういう気持ちはサトウさんも私もありましたが、具体的に行動で示したのは彼だったんですよね。そういう感じで、中にいる人次第で、毎年ちょっとずつ変わっていっています。
一人ひとりがプロジェクトを作り上げていて素敵です。会社とは違う組織ならではの感じがしますね。
面接のときから具体的に「こんなことをやってみたい」とか「よくわからないけどやってみたい」とかプラスの気持ちと原動力を持っている方たちが集まっているので、そこはすごくおもしろいところだなと思っています。
今年は34人のチームなんですが、多いときは45人くらいいます。ステージ名を決めたり、作品の選考をしたり、毎年やらなければいけないことは決まっていますが、それでもどうやって決めるかという点は毎年変わるので、本当に集まった人たち次第なところもありますね。
毎年、分科会のようなものも生まれているんです。去年でいうと「スタッフみんなにもっと上映する映画のことを知ってほしい」という方がいて、スタッフ内で映画祭より先に上映会をしてみたり、過去にはキャンプをしたことがないというメンバーが多かったので、みんなでキャンプに行ってみたり……。
知らない人同士で半年間一緒に進むわけなので、一人ひとりの意見を尊重して、やってみたいことはなるべくできるようにしています。
グラウンドルールも設けていて、その中には「セクハラしない」みたいな当たり前のこともあるし、「自分から意見を伝えよう」といったことも掲げているんです。半年って長いようで短いので、リーダーが声をかけるようにするのはもちろんだけど、そのうえで自分からも積極的に発言するようにしてほしいと伝えています。
逆に意見がまとまらないときはありますか?
4〜6人のチーム編成で動くようにしているので、対話を重ねると決まっていきますね。悩みはじめたらすぐに私も会議に参加して、一人ひとりがやってみたい核の部分がどこなのかをヒアリングしたうえで調整していくなど、対話の方法はいろいろと模索しています。
ちなみに今年の上映作品の選定はなにを軸に選びましたか?
今年はテーマが「予感」なので、なんらかの予感を覚える作品を選んでいます。長編だと『ラ・ラ・ランド』と『さかなのこ』と『SOMEWHERE』。この3本はプールで流そうと思っているので、なんらかの予感がするもので、かつ、水辺のシーンがある作品として選びました。
今年は体育館の中で見るステージもあるのですが、体育館でのギグが印象的な『シング・ストリート 未来へのうた』もこの会場で見るとまた違った印象を持てるのではないかと思っています。8月中旬ごろにはもう1本、体育館で見ると楽しそうな映画の情報公開も控えています。
毎年テーマを軸にするのはもちろんですが、それにくわえて毎回共通しているのは、風を感じるというか、野外で見て楽しそうな作品であること。今年の公募作品はステージがプールではないので、水辺であることよりも風を感じながら見たら心地よいものや夜更けに見たい作品を選んでいます。
ちばさんは森の映画祭プロジェクト以外に、個人で会社を立ち上げたり、マルチに活動されていますよね。ご自身がやっていて一番楽しいことはなんですか?
意外と好きだなって思うのは、下準備(笑)。準備を徹底してすればするほど、そのあとが楽になると思っています。極度のめんどくさがりなので、後々大変なことになると思うとゾッとしちゃって、事前準備を過多にしておくんです。資料のフォーマットを作っておくとか、マニュアル化しておくとか……。話が地味すぎますか(笑)?
いえいえ!頭ではわかっていてもなかなかできないことだと思うのですごいです。私もめんどくさがりですが、ゆえにあとから必要になったら作業するタイプです(笑)。
たぶん10年間このプロジェクトをやってきたので、自分だけで作業するんじゃなくてみんなに頼むというのを前提にしたとき、だれもが見ればわかるという状態にしておかなくてはいけないので、それが癖になったのかなと思います。今では息をするように下準備していますね。
あとは森の映画祭をやっていて楽しいのは、スタッフとして参加してくれた方にとって、いい経験になれたんだなと思う瞬間。……そう言うと、ちょっとえらそうに聞こえてしまうかもしれないですが、半年間で人が変わるときがあるんです。
それを目の前で見ることができるのは辞められない要因のひとつですね。進めている行為そのものも楽しいけれど、過程を通してなにかが変わっていくのがおもしろいというか。
これだけ長い間続けてきたから、きっとそういうシーンも多いですよね。ちばさん自身は、森の映画祭プロジェクトに参加していなかったら、なにをやっていたと思いますか?
うーん……映画は好きですけど、ほかの映画祭をやっているとは思わないですね。やっぱりプロジェクトチームのみんなでやりたいことを持ち寄ってかたちにするというのが好きなので、なにか違うものをみんなで追いかけていると思います。
実はプロジェクトチームを募るのも私が代表補佐になった2017年からなんですよね。それまではサトウさんの知り合いをベースに、知り合いの知り合いに頼んだりしていたんです。でも知らない人と一緒に活動するのはおもしろいですよ。
30〜40人くらいだと学校の1クラスに近い人数なので、ほどよく個性を発揮できて、ほどよくまとまるくらいの規模感かもしれませんね。
そうですね、定例会をしていると授業をしている感覚になるときもあります(笑)。
みんな森の映画祭というプロジェクトに参加したくて集まっているので、普段自分が仲良くしている友人たちともまた違った人が多くて、それもおもしろいです。
一緒に進めやすい人たち同士で固まったり、興味や関心が近い人と親しくなりがちですが、まったく違う人たちと会えるので、毎年いろんな人間がいるなぁと新しい発見があります。
やっぱり一度つながったらずっと連絡を取り合うなど、密な関係なんですか?
そういう人もいますけど、基本的にはその年の森の映画祭が終わったら「おつかれさまでした!解散!」という感じで、それまでやりとりしていたコミュニケーションチャンネルをクローズします。それこそ学校の卒業式みたいな、「これを終えたらもう学校には行かないよ」っていう感じですかね。
もちろん個々に仲良くなっている人はいると思いますけど、こちらから同窓会みたいな催しを企画することはないようにしています。
すごくやわらかい部分なので表現が難しいんですけど、コミュニティではなくてあくまでもプロジェクトだと考えているんです。目的があって集まるからこそおもしろいチームになっていると思うので、そこは丁寧にやっていきたいんですよね。
そのなかでまさに今年、過去に学生のころに参加してくれていた人が社会人になって、そのころと状況も環境も変わって、そのうえで「『SOMEWHERE』が好きだから」と応募してくれた方がいるんですけど、そういう感じで、その年のテーマや場所、世界観に惹かれてまた来てくれる人がいるとすごくうれしいです。
いい距離感ですね。学校とも会社とも違う組織ですが、ちばさんにとって「森の映画祭」ってなんだと思いますか?
私自身は合同会社あのてこのてっていう1人だけの会社を立ち上げているんですが、感覚的には私と「あのこのちゃん」っていう2人の会社だと思っていて、森の映画祭もそれに近いかもしれないです。たとえば税務上も法人格に対して支払わなきゃいけないお金があるじゃないですか。それってすごく「私のもの」ではなく、私と別の人格のもののような気がします。
森の映画祭も、もはやもう“いる”という感覚です(笑)。それを象ったり、エッジを整えたりするのが私の仕事ですね。サトウさんとも「とっくに自分たちの範疇から離れているよね」と話していたんですよね。「それがブランドなのかも」とも思います。
企画から運営まで毎年長い時間をかけてやっていて、まさしく「ライフワーク」ですもんね。メディアも時間をかけて時間をかけて大きく成長していくと似た感覚になるので、ちょっとわかる気がします。
写真家さんの場合はもう少し作品と自身が近しい関係のような気がしますが、どうですか?
タジマスズリさん(当記事を撮影した写真家):私は撮影の依頼をいただいて撮ることも、自身の作品制作のために撮ることもあるんですが、どちらもやっぱり「自分から生まれたもの」という感覚ですね。今お話を聞いていて思ったんですけど、子育てに近いのかもしれませんね。
最初の手のかかる時期は“自分の”子どもっていう感覚で、成長していくにつれて自立していくというか……。もちろん血はつながっているから家族であることは間違いないんだけど「私の子ども」ではなく「あなたはあなた」というものになっていく存在だと思うので……。
それこそ森の映画祭について、極端にいえば「キャンプフェスでしょ」っていう人もいれば、「写真で撮りたくなる場所だよね」っていう人も、もちろん「映画がいっぱい見れるんでしょ」っていう人もいて、それぞれ認識が違うのも、子どもが中学生くらいになって親の知らない友だちがいるみたいな感覚に近いかもしれませんね。
それでは最後に、森の映画祭ファンの方に向けてメッセージをお願いできますか?
今年のテーマは「予感」なんですが、そもそも私にとっては代表になって初めての映画祭なので、心機一転というか新たなチャレンジなんですよね。続けてみたいと思ったのは、やっぱり私にとって「映画を真ん中に据えたフェス」というものがまだわくわくするものだという予感があったからです。
フェスって音楽であっても映画であっても、たとえばお目当てのアーティストや作品はチェックしているけど、ほかは「行ってみなきゃわからない」っていう部分が大きいじゃないですか。それでも多くの人がわざわざチケットを買って行くことに、「予感を信じて進んでいる」というのを感じるんですよね。
森の映画祭もきっと、「楽しそうだな」とか、「森の中で映画を見たいな」とか、「野外でオールナイト過ごしたいな」とか、そういう期待をこめてチケットを買ってくださっているのかなと思うんですけど、このときによぎっている予感がまさしく今年のコンセプトに合致するような気がしていて、そのあたりも楽しんでいただけたらうれしいです。
また水辺にまつわる映画を水辺で上映するというのはずっとやりたかったことなんですよね。以前サトウさんも「いつか宇宙で『スター・ウォーズ』を見たい」と言っていたんですが、実際に上映場所と上映作品の環境がマッチできたのは初めてなので、そういう体験も味わってほしいです。
『さかなのこ』の上映のあとにマグロの解体ショウをやるんですよ。楽しそうじゃないですか(笑)?やっぱりちょっとお寿司食べたくなりますよね。「映画を見るぞ!」と構えるんじゃなくて、シンプルに楽しんでもらえたらいいなって思っています。
めっちゃ楽しそうです!やっぱり映画って本来は「見る」という視覚と聴覚だけですけど、先ほどおっしゃっていた「幻燈の料理店」にも通ずる「食べる」「体験する」という五感を使った体験に昇華させているところにぶれない軸を感じました。
実は「幻燈の料理店」も私がやりたいって意見を出したものだったんです(笑)。しかも初期にサトウさんがつけたキャッチコピーが「五感まるごとで映画を体験する」でした!まさしく伝わっていてうれしいです。
東京生まれ、渋谷ラバー。2011年小説『空のつくりかた』刊行。その後アパレル企業のコピーライティングをしたり、webメディアを立ち上げたり。最近の悩みは、趣味が多すぎてなにも極められないこと。でもそんな自分が好きです。