猫写真家 沖昌之さんが独立して10年目に思う“イカれた”撮り方とは?
#インタビュー
2024.09.24

猫写真家 沖昌之さんが独立して10年目に思う“イカれた”撮り方とは?

「猫写真家といえばこの人!」といっても過言ではない沖昌之さん。実は本人いわく、もとはカメラに興味がなかったそうです。しかし仕事でアパレルの撮影をするようになり、そしてそんなさなか、たまたま出会ったねこの「ぶさにゃん先輩。」(沖さん命名)に一目惚れ。

導かれるように2015年に独立し『ぶさにゃん』(新潮社)という写真集を刊行して以降、飛ぶ鳥を落とす勢いで実績も人気も積み重ねつづけています。

現在は『AERA』(朝日新聞出版)、『猫びより』(辰巳出版)、『デジタルカメラマガジン』(インプレス)にて連載中で、テレビ出演も多く、猫好きの方であれば一度はその写真を目にしたことがあるのではないでしょうか。

沖さんの撮影手法は“待ち”の姿勢が特徴。警戒心の強い外猫がいつしかその緊張をほどいて、自然体の姿を見せてくれるのをひたすら待ちます。だからこそ普段見られないユニークな写真が多く、ファンは増える一方なのです。

今回はそんな沖さんが、独立して10年目となるいま思うことにフォーカスを当て、実は活動初期から交流を持たせていただいている筆者がざっくばらんにいろんなことをお聞きしました。

INDEX
  1. 独立してから10年目、いま沖昌之さんが思うこと
  2. 「イカれてるな」と思われるくらいじゃないと人は熱狂しない
  3. 1〜6しか目のないサイコロの7を出す
  4. 猫島から帰ってくると白髪が生えている
  5. 自分の作品で一番好きなのは
  6. 予定調和の“おもしろさ”は底が知れている
  7. 光を捉えた写真は光を考える人に任せる
  8. ネガティブな感情はSNSで発信しない
  9. 次の10年は海外での個展を増やしていきたい
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沖 昌之

アパレルのカメラマン兼販売員を務めていたころ、後に写真集も刊行することとなる初恋のねこ“ぶさにゃん先輩。”に出会い、その導きにより2015年に独立。現在はSNS(X・Instagram・Facebook)総フォロワー数53万人超えの大人気猫写真家となる。代表作『必死すぎるネコ』(2017〜, 辰巳出版)はシリーズ3作で累計8万部突破。テレビ出演も多く、今や猫写真家を代表する人物である。

独立してから10年目、いま沖昌之さんが思うこと

(猫写真家の沖昌之さん。着用されているシャツはZUCCaと沖さんのコラボレーションによって誕生した「ZUCCATS」のアイテム)

独立されてから10年目ですが、当初と意識などは変わりましたか?

当時は「猫写真家」という職種の人もあまり見かけない時代で、もちろん岩合光昭さんは大きな存在として確立されていましたが「動物写真家」なので、外猫だけを撮って生計を立てている人はあまり見かけず、どこを目指せばいいのかもわからない状態でした。

そのころすでに35,6歳だったということもあって、実家に帰ったときに親に「猫写真家になる」と話したら驚かれましたね。子どもが急に夢を語るおじさんになったわけなので無理もないかと思いますが(笑)。

応援はしたいけど食っていけるのかって聞かれて、自分でもわからないですけど「やっていける」って言うしかないじゃないですか。でも親としてはやっぱり心配だから「いつ夢が覚めるの?」みたいな感じで喧嘩もしました。

正直家賃が払えないときもありましたし、この先どうすればいいんだろうって必死にもがく日々が続いて、そんななか2017年に『必死すぎるネコ』(辰巳出版)っていう写真集ができて、そこからようやく人並みにお金のことも悩まずにやっていけるなという道筋ができました。

いろんなメディアの方々に声をかけていただいたり、出版物が増えていったり、やっと自分の中で成長曲線がぼんやり見えてきて、本当になりたかったもの、やりたかったことはなんだろうっていうのを考えることができるようになりましたね。

そのとき思ったのは「世界に行きたいな」ということ。とくに台湾に行ってみたいと思いました。そのためにも少しずつステップアップを重ね、国内でも名前を覚えてもらえはじめたころ、2020年コロナ禍に突入です。

経済も縮小していたし、いろんなことに後ずさりをしていた時代だと思います。イベントごとも開催が難しくなり、そうなると自分が思い描いていたプランとはまったく違う進み方をしはじめ、そこでまたもどかしさを感じましたね。

それまでは努力を積み重ね、それが実を結んで自分の成長につながっていたのが、身を削ったところで「じゃあコロナはいつ終わるの?」とまた先の見えない状況に陥ってしまったし、猫島にも行けませんでした。

やっぱり島民の方の健康が一番大事なので、もし自分が保菌していて、島になにか悪影響を及ぼしてしまったら、もう僕その島に一生行けないですし、とはいえ都内でなにかやるっていってもオンラインが主流でリアルの展示もできません。

オンラインにはオンラインの良さがもちろんありますが、僕はリアルで作品を見ていただいたときのみなさんの表情とか、実際に話してみて得られる感情とか、そういうのを大事にしていきたいと思っているので、ずっと不安でしたね。

最近になってようやくまた海外に行ったり、実際に台湾の方からお仕事のオファーをいただいて、今年も台湾の大学のギャラリーで展示を行ったのですが、そうやってまたやりたいことを再開できていると感じます。

コロナ禍に阻まれて遠回りはしたけれど、与えられた状況下でもう一度モチベーションを上げてやるしかないんだ、と思って今はいろいろと活動しています。

「イカれてるな」と思われるくらいじゃないと人は熱狂しない

世界進出の第一歩として台湾を選ばれたのはなぜですか?

2016年くらいに高雄のカフェギャラリーの方が僕の展示に来てくださって、そのときは時間がなくてほとんどお話しできなかったんですが、「展示してみたいな」という思いはずっと持っていて、そしたらその方から「写真を展示させてください」って日本語でメールをいただいたんです。

そのときの僕にはあまり実績も台湾でのコネクションもなかったので、これは乗るしかないなと思って、「じゃあやりましょう!」とスタートしました。

そしたら逐一「こんなかわいいグッズができました」とか「写真出力しました〜」とか進捗を報告してくださって、ちゃんとお話ししたことないのにこんなに盛り上げてくださる方はそうそういないなと思って、会いに行ったんです。

電車もなにもない時間帯に着いたんですけど、車で迎えに来てくださって、なので車に荷物預けてホテルまで案内していただいたんですけど、いま思うと結構危ないことをしましたね(笑)。

もしその人がメールでやりとりしていた方と違っていて、詐欺だったりしたら……と思うと、今はそんなふうに飛び込めないかもしれません。やっぱり僕も若かったんでしょうね。結局この方とはその後もお付き合いが続いていて、もう一緒に3回くらい展示をしています。

あとは僕の兄の奥さんも台湾がルーツなので、家族に喜んでほしいという思いもあって、台湾でがんばりたいという気持ちが強いんです。「台湾で義弟の写真展をやってるよ」って小耳に入ったらちょっとうれしいものじゃないですか。なので今後も台湾での活動を継続していきたいですね。

日本と台湾でねこちゃんの生活の様子などは違いますか?

台湾にはやっぱり屋台が多いので、屋台の方がごはんをあげていたり、漢方のお店に番犬ならぬ“番猫”みたいな感じで自由に行き来していたりしますね。

あとはやっぱり暑いので、撮影するタイミングは早朝か夕暮れ前。日本にいるときの“夏シフト”で動いています。

日本、とくに都内はTNR活動(野良猫に不妊・去勢手術を行い元の場所に戻す活動)が普及し、ねこの母数が減ってきていると感じますが、台湾はどうなんですか?

TNRはしている地域としていない地域があるんですよね。結構飲食店の屋根の上で子猫を世話しているのを見かけることもあります。ごはんも上にあげに行くのでねこは下に降りないんです。そういうのを見ると、日本ほどTNRが進んでいるという感じではないですね。

都内は本当に減りましたよね。以前だと自分が住んでいる地域も5分くらい歩くとねこの集落があったんですけど、TNRが進み、1代かぎりで天寿をまっとうしているという地域が増えてきたと感じます。

そうなると以前のような「撮りに行こうか」ではなく、「会えるのかな?」という感覚で外に行かざるをえないので、自分自身もガツガツ撮影をするという気持ちがなくなってきた気がします。

会えたらラッキーで、「あの子元気にしてるんだな〜」って遠くから見守ったり、ちょっと近づいてなでたり、というふうに接しています。

そうなると台湾での撮影の機会も増えてきそうな気がします。今後台湾で写真集を出版する予定などはないのでしょうか?

もちろん出せたらうれしいですけど、難しさはありますよね。台湾に住んでいる方のほうが撮影の機会にも恵まれているので、まずそこでアドバンテージはないです。

じゃあ「日本人が台湾のねこを撮る」というのをコンセプトにするにしても、いきなり作ってみて台湾の方の心を射ぬくことができるかどうか……。

「すごいなこの人、イカれてるな」っていうくらいのものを見せられないと、やっぱり人って熱狂してくれないと思うんです。それにそういうものを出せないかぎり、台湾でねこの写真を撮っている人に失礼な気もしますね。

代表作『必死すぎるネコ』はシリーズ累計8万部突破しましたが、沖さんというと、ねこが警戒心を解いて決定的瞬間を見せてくれるまで、地面に這いつくばってとにかく時間をかけて待つ、いわば“クレイジー”な撮り方が特徴で、だからこそ撮れるものがあると思うので、おっしゃることはよくわかります。

1〜6しか目のないサイコロの7を出す

正解かどうかはわからないんですけど、自分のやり方があれになっちゃっているんですよね。非効率だとは自覚していますし、それがクレイジーなんだろうとは思います(笑)。

感覚としては、1から6しか出ないサイコロから絶対出ないであろう7が出るのを待つという感じです。数字の7は自分の想像を超えてくるようなものっていうふうに考えています。実際に出るまでは、それが出るかどうかわからないし、基本は本当に出ないんだけど、たまにどういうわけか出てくることもあるわけです。

そういうときは、理屈はわからないので「神様ありがとうございます」って思いますし、1か月間全然撮れないときもあるので、それを考えると自分で「すごくない!?」とも思いますね(笑)。

でも1から6も撮れてラッキーですし、7だけをお見せしてもやっぱり飽きてしまうと思うので、緩急をつけてSNSに上げています。

そればかりはコントロールできないですもんね。

できないですね。ほぼねこのテンションと、そのときに自分がカメラを構えているかどうかの運。魚釣りに似ているかもしれません。

季節によって撮りやすい、撮りにくいということもないですか?

それはあります。やっぱり春・秋が撮りやすいんですけど、だからといってそのタイミングで7が出やすいというわけではありません。

夏場に「暑い〜」って言いながら早朝の3時、4時に「絶対寝ているだろうな」と思いながら出向いて、たまたまそのときにテンション上がっている子に出くわすこともあるので、本当に予測不可能ですね。

本当はもっとずっと毎日根気よく粘っていれば出くわすかもしれないですけど……。

毎日は体力的にも気力的にも難しいですよね。

島に永遠に閉じ込められてしまえばできるかもしれません(笑)。

猫島から帰ってくると白髪が生えている

たぶん夕日を見ながら「帰りたい」って泣く日があるとは思いますが(笑)、でも猫島にいるときは「今日はやる気がない」と言いながらもずっとカメラは持っているんです。

それで、いざ決定的瞬間にでくわしたらスイッチは入りますし、そこで実際に撮影できたら気分も上がって「またがんばろう」って思えると思いますね。

……そうそう、島から帰ると白髪が増えているんですよ(笑)。

えっどういうことですか!?

苦労しているんだと思います、毎回増えているので(笑)。自分自身は楽しくやっているんですけど、体はそろそろ……とくに髪はつらい、つらいって言っているみたいですね(笑)。

でも島にいるときの生活は、本当に規則正しいんですよ。早寝早起きだし、お食事もちゃんと3食出るのできちんと食べていますし、そう考えると白髪が生える理由が思いつかないから、たぶんそれよりもマイナスのなにかがあるんじゃないかと……(笑)。

体はSOSを出しているのかもしれないですね……。「楽しい」の中に「しんどい」はカケラもないですか?

いや、あります。なんで自分で自分を追い込んでいるんだろうって思うこともありますが、でもその環境を楽しんでいるんですよね。本当に嫌だったら帰ればいい話なので。

自分でやっている仕事なので、本来その仕事量や仕事の仕方はコントロールできるんですよ。なのにやらないのは、やっぱり楽しいからだと思います。それはその日撮れたもの、撮れなかったものを整理しているときに感じますね。

シャッターチャンスだったのに撮れなかったなって思うことは翌日や次回につながるのを経験で知っているので、「じゃあこうなったら今度は撮れるよね」って考えているときが楽しいです。

それで翌日には天候がまったく変わって、また情報の取りなおしをしなきゃいけなくなっても、「今日はこの子はここにいるんだな」とか「こういう天気のほうがテンションが上がるんだ」、「人が肌寒いって感じているときのほうがねこは動きやすいのかもな」、「じゃあ明日も寒かったらいいのにな」って考えはじめたら、やっぱり楽しいんですよ。

でも「あと何日でやっと帰れる!」っていう気持ちもあるし、なのにいざ帰る間際になったら「あと1週間くらいできたのに〜!」って泣きそうになるし……。

それで帰ってきたら白髪が増えて……(笑)。

そうです、それで電車に乗って「いや〜やっぱり限界だったわ〜」って言いながら家に着きます(笑)。

自分の作品で一番好きなのは

話が変わるんですが、これまで数々のお写真を撮られてきて、ご自身のなかで一番好きな作品ってなんですか?

今度品川のキヤノンギャラリーで「ネコなんです。」っていう写真展を開催するんですけど(詳細は後述)、そのために最初にピックアップした写真はやっぱり思い入れがありますね。

たとえばメインビジュアルに選んだ写真は、初めて行った島で撮影したものなんです。今度(2024年9月25日(水)23時〜)放送されるBS-TBSの『ねこ自慢』という番組のロケで広島の走島っていうところに行って、テレビ撮影が終わったあとも何日間か滞在して撮影しました。

(こちらが沖さんお気に入りのお写真/沖昌之さんご提供)

ねこ2匹がいちゃついていたのでシャッターを切っていたら、たぶんその子と血がつながっている……母親なのかな?年配のねこがわりこんできたんです。

めちゃめちゃファインダーに顔が被っているので最初はどうしようかと思ったんですけど、撮ってみたらなんかかわいくて、しかもちょうどおもしろくなさそうな顔をしているじゃないですか、「あの2匹の仲を認めない!」みたいな。

たぶんほかの人が見てもなにかしら物語を感じてくれるんじゃないかなっていう1枚が撮れたので、最近の自分の写真の中では結構気に入っています。

まさしく“7”ですね。

そうです、そうです。しかもねこが来てくれなかったら撮れなかったものなので、本当にこうやってたまにねこが「はい!」って持ってきてくれるんですよね。

ファインダーに顔が被るくらいというとかなり距離が近いですけど、もともと人懐っこいねこなんですか?

たぶん一生懸命四つん這いで撮っていたから「なにしてんだろう?」って来てくれたんだと思います。この少し前までスタッフさんふくめて3人で行動していたのが1人になったところだったので近寄りやすかったんじゃないですかね。

「大の大人が3人もいると怖いけど、あいつひとりならチョロそう!」って思われたのかもしれない……(笑)。

ねこはもともと警戒心の強い動物ですし、そんな子たちが近づきやすいっていうのも沖さんの魅力ですよね。あの写真、本当に沖さんらしくていいなと思いました。

ありがとうございます。あのロケは「沖さんが行ったことのないところに行きましょう」って決まったので、行くまで不安だったんですよね。

もちろん事前にリサーチはしますけど、一般の方の言う「ねこがいる」と撮影している側の思う「ねこがいる」ってたぶん倍くらい感覚がずれていると思うので、初めて行く島でテレビの放送に耐えうるくらいの撮影をしなきゃいけないっていうプレッシャーがありました。

でもなんだかんだ毎回あの番組のなかで訪れた場所で撮影した写真が写真集に採用されることが多いので、やっぱりねこに助けられていますね。不安で暗い顔をしている僕に「そんなあなたにあげる!」っていいショットをもらっている気がします。

予定調和の“おもしろさ”は底が知れている

今回の写真展「ネコなんです。」の見どころは、やっぱり先ほどおっしゃっていたアイキャッチにもなっているお写真ですか?

僕にとって『必死すぎるネコ』という写真集が代表作なんですけど、そのアートディレクションをしてくださった山下リサさんが、今回の写真展の空間アートディレクションもしてくださったんです。

それで「やるんだったら『笑ってなんぼ』みたいな、これまでにないふざけたことをやろう!」ということになったので、そこが見どころですね。もしかしたらふざけすぎて今後出禁になるかもしれません……(笑)。

そんなに攻めるんですか!?

キヤノンギャラリーというと硬派なイメージがあるので……。でもその担当をされている方も一緒になって「打破していきましょう!」って言ってくださっているので頼もしいです。

正直、僕自身も滑るんじゃないかと不安を感じている仕掛けもあります(笑)。でもそれは山下さんが「絶対うまくいくから」って太鼓判を押してくださっているので、信じたいですね。

以前、ねずみに見立てた小さい車で移動して、大きなねこが飛びかかってくるように見えるような仕掛けで展示をされていたこともありました(「PHOTO PARK」2022年/下動画参考)し、今回も楽しみです!

会期中10/19(土)にはトークイベントもあるんですよね。

そうなんです。トークイベントは何回かやっているので、もしかしたら飽きている方もいるかもしれないんですけど、今回は山下さんと一緒なので、また違った切り口でお話しできるんじゃないかと思っています。

今まで一緒にお仕事をしてきたなかで、僕の「撮っている意味」を汲み取ってくださっていると感じるので、想定していないような質問が来たらおもしろそうですよね。

そこで「自分はそんなことを考えていたのか」っていう気づきがあったり、あるいは「その質問の答えはよくわからないからもうちょっと考えよう」って深掘りしていくうちにまた自分に対しての新しい発見が得られたりしそうです。

といいながら、とくになにを話すか相談していないので、僕のほうが「好きに話して」って任される可能性もありますけど(笑)。そうなったらまた考えます。

いい関係ですね。

そうですね、ふたりともいいものを作りたいという思いも、ベースに「笑わせてなんぼ」という精神があるのも共通しているので、「いけるところまでいかないとおもしろくないよね」と思いながら仕事できていますね。

やっぱり予定調和だとおもしろさって底が知れているじゃないですか。だからお互いにどうしたいか意見を出し合える関係です。

光を捉えた写真は光を考える人に任せる

クリエイティブな作業って、少なからず自分が投影されるものだと思うんですけど、普段どのくらいご自身と作品を切り離して考えていますか?

おっしゃるとおり、僕も写真を撮っている方は、それまで見てきた映画や絵画であったり、読んだ本であったり、会話や経験、美学、なにをかっこ悪いと感じるか、というものがすべて作品に影響すると思っています。

だから撮ったものはほぼ自分なんだろうと受け入れています。僕の場合は「美しいものを撮りたい」という気持ちが弱くて、たとえば人って美しいものではあるけど、終始“映えて”いるわけではないですよね。

映えていない日常があって、そのなかにおもしろさがあります。どんくさいことをしてしまって、でもそれを記録していたら何年後かには楽しめるようになっている、そういうのが好きなんです。

だからそういうところをクローズアップしていきたいですね。すましているところよりも抜けているところを撮りたいといいますか。そのほうが、その人の心が見えるところを撮っている気がします。

たしかに沖さんの写真は、被写体のねこちゃんの考えていることやそこにいたるまでのストーリーを想像させるものが多いですね。

僕自身はそのバックボーンを考えてはいないんですけど、隅のほうでなにかおもしろいことをやっているねこがいたら、それを全部撮りたいと思うから、スナップに近いかもしれません。

ほかの写真家さんと話していると「光を見ないと」って言われることもあって、丁寧にそのやり方を教えてくださるので、本当に勉強になって楽しいんですけど、いざねこを撮るときに実践して光を追いかけているとねこのシャッターチャンスを逃すんですよね。

だからもう、光を捉えた写真は光を考える人に任せようと思っています(笑)。

それぞれに合った撮り方がありますもんね。ねこじゃなくてもいいんですが、好きな写真家さんはいらっしゃいますか?

たぶん写真を撮っている人で嫌いな人はいないんじゃないかと思いますが、アンリ・カルティエ=ブレッソンさんですね。本当にどの作品も美しいです。

細かく解説しようと思えばいくらでも語れるくらい、本当に構図からしっかり練られた作品を撮られる方なんですけど、そういうのはちゃんとくわしい方にお任せして、僕はいちファンとしてただ「美しい」って言っておきます(笑)。

自身が思い描くイメージの構図にはまるまでずっと待って撮っているから、こんなに美しい作品が仕上がるんだろうなと考えると、僕もねこをモデルにこういう写真が撮れたらもう引退してもいいやと思えるくらいです。

ネガティブな感情はSNSで発信しない

ご自身では賛同しにくいかもしれませんが、いまや「猫写真家といえば」で真っ先にお名前が挙がるくらい認知度も人気も高い存在だと感じます。たとえばInstagramのフォロワー数は46万人超え(2024年9月時点)ですが、ファンとコミュニケーションを取るうえで気をつけていることなどはありますか?

撮影を始めたのが2014年なので、タイミングがよかったんですよ。もちろん当時もねこを撮られている方はいましたけど今より少なかったですし、自分が考えていたテーマもまだそこまで一般的ではなかったので、それで認知してもらえたのかなと思います。

もしほかにすでに同じテーマで撮られている方がいたら、僕はここまで来れていなかったんじゃないかと考えています。

あとは先ほどお伝えしたように、撮れ高に波があることが実績のないころは苦しかったんですよね。

今は「撮れない日があっても仕方ないよね」って思えますが、当時はそうではなかったので、「早く食べられる方法を見つけなきゃ」って焦っていました。でもその不安をSNS上で発信すべきではないというのは意識していましたね。

応援してもらえる方法はいろいろあるとは思いますが、でも写真家にかぎらず世界的に一流のアスリートの方も、成績がふるわないときに自分の心をコントロールして表にそれを出さずにプレイしているじゃないですか。

それこそが一流たるゆえんなんだろうなと思いますし、自分もそういう人になりたいなら今言うべきじゃないんだって感じましたね。

SNSで気軽に自分の思いを発信できるようになったことで、逆にそういった自身の弱いところも全部吐露して、そこに親近感を抱いて応援する人が増えるというケースもありますが、その選択肢は選ばなかったんですね。

そのほうが見る者の好き嫌いもはっきりして正解なのかもしれない、とも思いますが、「自分のストレスは自分で抱えてもいいんじゃない?」とも思うんですよね。

友だちに話す分にはいいと思いますが、全然知らない人も見ているところにネガティブな言葉を届けることで悲しい思いをする人を増やしたくないですし、僕の場合は淡々と写真を継続して公開しつづけるのが自分らしさなのかなと。

それぞれに合った方法があると思うので正解・不正解はないとは思いますが、結果それに多くのファンの方が支持しているわけなので、沖さんにとっては大正解だったわけですね。

わかんないですけどね(笑)。でも自分のしたことで自分の足を引っ張って居心地悪くなるようなことは避けたかったし、僕自身はSNSでほかの方の愚痴を見たくないので、もしかしたらいろんな人に睨まれちゃうかもしれないけど「胸の内は全部言わなくてもできるよ!」っていう精神でやっています。

次の10年は海外での個展を増やしていきたい

最後に、次の10年はどういうことをやっていきたいですか?

撮影の仕方についてはそんなに変わらないと思うんですよ。「その子らしさが撮れたらいいな」というのが自分の撮影コンセプトで、これが揺らがないかぎりは撮影スタイルも変わらないと思います。

なのでやっぱり海外での個展を増やしていきたいっていうところですかね。招待されて現地に行っているあいだに、そこで出会ったねこの写真を撮って、展示に追加して、そしたら地元の人が「かわいいね」って褒めてくれる、そんなことがあったらうれしいです。

あんまり旅行するのは得意じゃないんですけど(笑)。トイレが近いので、まず旅先ではねこのいる場所とトイレの場所を確認します(笑)。

でも迷っている時間も楽しいんですよね。「絶対にこんなところ観光客は来たことないだろう」っていうような裏通りを歩いて、見たことのない世界を感じながらねこを探して「いなかったな〜。どうやって元の道に戻るんだろ〜」ってうろうろしているときが楽しいです。

それを聞くとむしろ旅好きのように感じます(笑)。

準備が嫌なんですよね。あと言葉が通じないことも、知らないルールに基づいてなにかをするのも疲れます。

どこに行っても本当にねこしか撮らないので、世界遺産に行ってみるとか、流行りのお店を探してみるとかしないんですよ。

台湾に行っているあいだも現地の人が「どこで食べてるの?」って聞いてくれて、「コンビニかな〜」って返すと、気を使って「じゃあおいしいものを食べに行きましょう」って連れて行ってくれます(笑)。

欲がないってことですかね。それはそれで、だからこそ「いい作品を作る」ということに集中できているのかなという気もするので、今後も沖さんらしく突き進んでください!

沖昌之さん出演番組・写真展「ネコなんです。」&トークイベント詳細

(沖昌之さんご提供)
【テレビ出演】

ねこ自慢
放送日時:2024年9月25日(水)23:00〜23:54
放送局:BS-TBS
公式サイト:https://bs.tbs.co.jp/inu-neko/
【写真展】

日時:2024年10月10日(木)~11月16日(土)10時~17時30分(日曜・祝日休館)
会場:キヤノンオープンギャラリー1
(東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー2階)
【トークイベント】

日時:2024年10月19日(土)13時30分~14時30分
会場:キヤノンホール S
(東京都港区港2-16-6 キヤノン S タワー 3階)
定員:150名(先着申込順、参加費無料)
申込:定員に達するまで下記ページにて受付中!

詳細はイベントページをご確認ください。
写真:フジヤブユウキ

この記事を書いたライター

浦田みなみ
浦田みなみIP mag編集長

東京生まれ、渋谷ラバー。2011年小説『空のつくりかた』刊行。その後アパレル企業のコピーライティングをしたり、webメディアを立ち上げたり。最近の悩みは、趣味が多すぎてなにも極められないこと。でもそんな自分が好きです。

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