Fumiyaをスターダムに押し上げたフィリピンのTV番組への出演。過酷な現場を経て見た、スターの景色
#インタビュー
2023.10.28

Fumiyaをスターダムに押し上げたフィリピンのTV番組への出演。過酷な現場を経て見た、スターの景色

Fumiyaの運命を変えたのは、フィリピンの国民的TV番組だったそうです。その番組に出演するまでの経緯とスターになってからのことを詳しくインタビュー。第2回目は、その行動力に圧倒されること間違いなし。スターへの歯車が回り出した数奇な運命をたどります。

INDEX
  1. 一気にスターダムに押し上げた過酷な番組
  2. 訳もわからず拉致された5日間
  3. またまた強制的にアイマスクとヘッドホンをつけられて
  4. 24時間カメラで撮影される過酷な現場
  5. 家を一歩出たら大スターになっていた
placeholder

Fumiya(フミヤ)

1995年3月19日生まれ。静岡県浜松市出身。フィリピンを拠点に活動するYouTuber、俳優、歌手、タレント。YouTubeの登録者数は、約230万人。SNSの総フォロワーは620万人を超える。フィリピンで一番有名な日本人。

一気にスターダムに押し上げた過酷な番組

出演したTV番組『ピノイビッグブラザー』はどんな内容の番組ですか?

『ピノイビッグブラザー』はフィリピンでは国民的番組って言われていて、1年かけてオーディションをやるんです。その1年後に放送という流れです。アメリカ、カナダ、香港、日本など世界10カ国でオーディションが行われていて10万人くらいの人たちが参加しています。

僕がセブ島でイベントをやっていたその日、たまたまセブ島でオーディションが開催されていました。「今、こういう番組やっています。セブ島でオーディションやっているけど、君はどこにいるんだ?」って連絡がきて。オーディションの場所が送られてきたのを見たら、僕がイベントをやっていた隣のショッピングホールだったんですよ。「行く!行く!」ってそのまま行ったら、わけもわからず番号が書かれたガムテープをペタって貼りつけられて...ステージに上がったら、そこには何千人もの観客がいました

特技披露があったんですが、人前に出るのは慣れていたので、「早口言葉やります」って言って、「生麦生米生卵」と日本の早口言葉を披露したらドカン!とウケて、よくわからないうちに終わりました。その後、日本へ帰国しましたが合否もわからなくて...そこから半年くらい、また埼玉で貧乏生活をしていました。

訳もわからず拉致された5日間

2019年の12月24日、クリスマスイブの日に、謎のフィリピン人から急に電話がかかってきたんですよ。オーディション番組の担当の方から連絡が来て「君いい感じだから、とりあえずフィリピンに来てくれ。飛行機代出すから、1週間後に来てくれ」って。即答で「行く」と回答し、出国を決めました。それが2019年のお正月。「なんで僕、お正月にフィリピンにいるんだろうな?」みたいな(笑)。マニラの空港の外へ出たら、黒いバンが止まっていて、フィリピン人のスタッフが「Welcome home!Fumiya!」って迎え入れてくれたんです。

「Thank you!Thank you!」と言って車へ乗りました。乗った瞬間、時計、財布、携帯電話、全部取られて、目隠しされてヘッドホンをつけられて、その車が走り出したんですよ。その上「しゃべるな!」って言われて。本当に僕、拉致られたと思ったんですよ。

連れていかれたのがホテル。窓のない部屋で、オレンジ色の電球が1個だけ。あとは、ベッドとトイレとシャワーだけです。テレビも時計もないんですよ。携帯も取られているし…。部屋に入れられてからも、なにも起きないんです。ドアも開かない。とりあえず疲れていたんで寝て、起きたらもう昼か夜か分かんなくなっちゃってる。本当にキツかったです。

やることがないんで、天井のシミの数を数えるとか、ひげ剃りがあったんで、それで体の毛を全部剃って何回か寝て起きると毛がちょっと生えて、それで、2日経ったかもみたいな計測をしてました。光がない部屋に閉じ込められることってないじゃないですか。僕の体感的に2週間くらいいた感覚だったんですけど、現実だと5日間だったんですよ。

ある日、急にドアが開いて、フィリピン人が5人くらい入ってきました。急に分厚い契約書をドンっと出されて、サインしてって言われました。全部英語の契約書で、「読めない!」て言ったら、日本語がちょっとしゃべれるフィリピン人通訳が入ってきて、「これなんて書いてあるんですか?」と聞いたら、Google翻訳の直訳みたいな通訳しかしてくれなくて。「フミヤはこれから一軒家に入る。この一軒家の中では、今まで感じたことないくらい刺激的で、今後もしかしたら精神的障害、トラウマをおうことになる。でも、責任を負わない」って言われました。「そんなサイン、絶対嫌じゃん。サインしたくない!」って言ったら、「じゃあ、この部屋から出られない」って。結局、部屋から出られないのが嫌だったんで、サインしちゃいました。

またまた強制的にアイマスクとヘッドホンをつけられて

サインをしたら、フィリピン人5人くらいが「We are family」って言ってグループハグをしてきました(笑)。謎のハグに恐怖しかありませんでした。
次に入ってきた人に急に化粧をさせられ、衣装着させられて、また目隠しとヘッドホンつけられて、車椅子乗せられて...すごい速さで運ばれたんですよ。めちゃくちゃ怖かったんです。

運ばれて立たされて、アイマスクとヘッドホンを外せって言われて外したら、目の前に大きいモニターがあって、それが急にブワーって開きました。目を開くと、目の前に2000人くらいのフィリピン人がいて、僕に向かってウワー!!!って歓声を浴びせてるんですよ。右を見たら司会者が「フミヤ!フロム ジャパン!」って紹介しました。なんの説明もないまま、いきなりステージに立たされて、「意気込みをどうぞ!」ってマイクを渡されたので、知っている言葉の「I will do my best」(ベストを尽くします)と答えました。なにが起きているかわからなかったのですが、会場は最高に盛り上がり、そのまま連れてかれた先が、その『ピノイビッグブラザー』の舞台になる一軒家でした。

24時間カメラで撮影される過酷な現場

『ビッグブラザー』は、元々オランダでやっている番組なんですけど、そのフランチャイズバージョンをフィリピンでやっていて、ルールがかなり過酷でした。どんなルールかというと、一軒家の中に男女4人ずつ計8人が共同生活するんですけど、カメラが360度ついていて死角がないんですよ。自動で動く無人カメラだから、トイレもシャワーも全部、24時間撮られて、その様子が全部配信されているんです。家の中に住む人たちは、家の外で起きていることをなにも知らないんです。時計も、テレビも、Wifiもない。

みんなで共同生活するのですが、タスクというチャレンジが毎週あるんです。そのチャレンジをみんなで乗り超えていく中で、毎週別室へ呼ばれて、嫌いな人にポイントを入れ合うんですよ。みんなは誰に入れたかわかんないけど、お互いにポイントを入れ合います。それを視聴者は全部見ているんです。それで、ポイント数が多かった4人が週末に張り出されて、それが次に視聴者投票にかけられるんです。そこで、視聴者が投票して投票率の悪い人がその家の外に出る。最後にこの家の中に残るのは誰だっていうサバイバルゲームなんですよ。

最後の4人に残ったんですよね?

そうなんです。僕は、ルールがわからないまま生活していました。僕の性格がフィリピンの方達にマッチしたみたいで(笑)、15年くらい続く番組の中で、視聴者の人気投票で番組史上最高得点をもらっていたんです。一軒家の外の出来事をまったく知らずに生活していて、気がついたら4ヶ月が経っていました。

勝ち残って、最後の日に外に出たんですけど、もう日本は令和に変わっていましたし、僕のYouTubeは1回も更新してないのに、チャンネル登録者数は130万人になっていました。

家を一歩出たら大スターになっていた

いきなり人気者になっていたんですか?

街も歩けなくなって、もう本当に急展開。その半年前まで僕、塩パスタを食べていたんですよ。街を歩くときは、ボディガードを3人つけて歩くようになって、レギュラー番組が5本決まっていました

サインした英語の契約書に自動契約があって、5年間契約だったみたいなんですよ。先の5年間、もう毎日ドラマとかのスケジュールが決まっていて...絶対ウソだと思っていたら、「君はもうコンサートも決まっているし、旅番組の司会とドラマとコメディも」って。歌もダンスもやりました。

ご自身の性格は?周囲からなんて言われることが多いですか?

うーん…。周囲からは、「いいヤツ」とよく言われます。自分でも多分いいやつだと思います(笑)。めちゃくちゃポジティブです。

日本人とフィリピン人に違いを探すとしたらなんですか?

フィリピン人は、すごく楽観的でポジティブ。日本人ってちょっとシャイで、石橋を叩いて渡るじゃないですけど、慎重な人が多いじゃないですか。そこがやっぱり違うかなと。不思議だなって思ったのが、帝国ホテル時代には1番仕事ができなかったのに、人間性は何も変わらないのに、フィリピンに行ったら人生が変わったことです。周りの環境が違うだけでこんなに変わるんだ、と。自分自身はあんまり変わってないんですけど、フィリピンは、自分に合っている街なのかなって改めて感じますね。

フィリピンのいいところを3つ挙げるとしたらなんですか?

まずは、フィリピン人の性格。ハッピーなところが僕は間違いなく一番いいなと思うところですね。2つ目は、フィリピン人は何に対してもあまり気にしすぎないところが良いです。あんまり気にしすぎないところがいいです。3つ目は、街並みもいいところがいっぱいあります。山や海の自然もいいし、都会も面白い。超成長しています。

フィリピンで有名になって一番変わったことはなんですか?

街を歩くのが大変なところじゃないですか。街を歩いていたら、30秒に1回は声をかけられるんですよ。どこ行っても声をかけられる。日本でも、六本木はフィリピン人が多いのでよく声をかけられます。

第3回へ続く。

placeholder
#インタビュー
2023.10.28
もう1人じゃない。仲間ができたことで強くなれた。フィリピンの国民的タレントになったFumiyaが語る未来

X(旧Twitter)をフォローして
最新情報を受け取ろう

この記事をシェアする